twililight web magazine
パイプの中のかえる2 かえるはかえる
小山田浩子
2020年7月から12月の半年間毎週連載したコラムに、書き下ろし2本をくわえた小山田浩子さんの初エッセイ集『パイプの中のかえる』(twililight)。
この連載では再びこれから半年間、毎週、小山田さんがエッセイを書いていきます。近くに遠くに潜むいろいろなものに、気づくことの面白さと不思議さ。
小山田さんの「今」をご体験ください。
第24回「作文」
小学校の国語で物語を作る単元があった。教科書に宝島の地図と小学生男女主人公が提示され、それに即した物語を考えて作文する。この授業があった時期、私は体調不良で数日学校を休んでいたため授業を受けることなく同級生が届けてくれた原稿用紙にいきなり書き始めることになった。結構自信はあった。私は小2からズッコケ三人組シリーズを愛読していたのだが、その裏表紙には小学中級以上と印刷してあった。当時は児童書に印刷してある○歳向きとか○年生以上という情報がすごく重要に思えて、運動も勉強もできない人望もない私は少しでも年上向きのものを読んでいると思うことが自信の拠り所みたいな感じで、だから物語なんてお手のもの、宝島に行く、島だから船だろう、小学生2人で船…え、どうやって? 宮島へ行くフェリーには何度も乗った、九州へ行く大きな船で初日の出を見た、絵や映像ならカヌーとかヨット漁船海賊船、いやでも小学生2人が宝島へ行く船…? 私は2人が宝島の地図入手後、島への移動方法を協議し町をさまよい、その途中偶然にも地元漁師に海路の提供を受けるんだったかあるいは浜で安全そうな船を発見し主人公の1人がその船の操舵を習得したんだったかとにかくどうにか島へ移動する算段がついた時点で規定枚数をオーバーし原稿用紙が足りず親に買ってきてもらった。親は長くなる分にはいいでしょうヒロコちゃん本が好きだからどんどん空想が広がるんだねとニコニコしていたが私からしたら空想が広がる余地なんて全然ない、単に実務的な作業としてどうやったら小学生2人を宝島に到達させられるのか考えるだけで疲れ切り途中から原稿用紙の色が違うのも落ち着かない、宝島に泊まるか、その設備も食料も、子供2人で輸送できるか、乾パン? 水筒? どでかいリュックサック? 親の許可? 原稿用紙をどれだけ尽くしても宝探しが、物語とされるものが始まらない、その焦りと絶望をはっきり覚えている。
規定枚数の4倍くらいの作品を提出し、たくさん書いて頑張ったねとは言われたが内容は全然褒められなかった。そりゃそうだ、冒頭でへろへろ、いちおう宝島でなにかして無事帰宅し親に労われご馳走を食べる、というところまで書いたが明らかに全体のバランスはおかしかった。欠席した授業で宝島に着いた時点から始めよう、というような指導があったのかもしれない。もし私が当時のヒロコの母ならハッと気づいたら宝島でしたって始めなよと助言したかもしれない、しないかもしれない、そしてそれだと私はなにも書けなかったかもしれない。なんというか、自分が信じられる手段と経緯で宝島へ向かう方法を見つけないと、2人がこのようにして宝島へ辿り着くのだとまず私が信じないとだめだという、無意識の確信みたいなものが多分あった。
社会人になって小説を書き始めたときの動機は労働や現実からの逃避で、いまもこうやって書いているのは偶然や幸運の賜物でもあると感じる。ただ、書くことひとつひとつを信じられなかったら書けない、どこにも辿り着けないという当時の私の絶望は、そのままいまの私の、目の前のひとつひとつを信じて書いていけば小説になるという希望に繋がっている。当時の私に、大人になって小説家になったよアナタと言ったら驚くだろうか。ハ、なに言よん、うちはズッコケ三人組を小2で笑って読んだ女よ当然じゃろ、と真顔で頷くかもしれない。
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プロフィール
小山田浩子(おやまだ・ひろこ) 1983年広島県生まれ。2010年「工場」で新潮新人賞を受賞してデビュー。2013年、同作を収録した単行本『工場』が三島由紀夫賞候補となる。同書で織田作之助賞受賞。2014年「穴」で第150回芥川龍之介賞受賞。他の著書に『庭』『小島』、エッセイ集『パイプの中のかえる』がある。