twililight web magazine
パイプの中のかえる2 かえるはかえる
小山田浩子
2020年7月から12月の半年間毎週連載したコラムに、書き下ろし2本をくわえた小山田浩子さんの初エッセイ集『パイプの中のかえる』(twililight)。
この連載では再びこれから半年間、毎週、小山田さんがエッセイを書いていきます。近くに遠くに潜むいろいろなものに、気づくことの面白さと不思議さ。
小山田さんの「今」をご体験ください。
第5回「おはぎ」
子供がガチャガチャを回した。ぺとぺとくっつくボールのガチャだ。手にすっぽり入る大きさでぺとぺと柔らかく、薄い表皮の中にスライムのような柔らかいものが入れてあるようだ。何色かあったのだが出てきたのは黒だった。黒だね、渋いかね、大人っぽいよ。壁など平面に投げるとぺたっと潰れてくっついてからゆっくり剥がれて落ちる。引っ張ると伸び、握ると指の隙間からむにゅっと出る。黒い皮が伸びて白い中身が透けて見える。手を離すと黒い球体に戻る。
子供はしばらくしてまた同じガチャを回した。別の色のも欲しかったらしい。ラインナップには空色とかきれいな色のほか金や銀もあるという。出たのはブロンズ色だった。銅色、若干光沢はあるものの置いてあると茶色に近い。黒と茶色、子供は多分少し落胆していたがボール同士をぎゅっとするとこれまたよくくっついて変な形になって面白い。くっついてから剥がれる間合いが特に愉快で飽きない。
愉快で飽きないのだがぺとぺとしているのでホコリがつく。机の上も意外とホコリあるんだね、床に置いたりしたらすぐにまみれ、黒と茶色だからすごく目立ち見ていて快いものではなくお前んち掃除が足りないんじゃないかと語りかけられているような気もする。ぺとぺと感も損なわれる。水で洗えばホコリはとれるがとれたそばからまたまみれる。キリがないので洗ったボールをラップに包んで机の上に置いておいた。こうしておけば次遊ぶときまできれいにぺとぺとのままだ。
買い物へ行き帰宅すると机におはぎが置いてあった。あれっ、おはぎがある、やった、でもなんでと思ってすぐ、それがラップで包まれたぺとぺとボールだと気づいた。いままで食べ物に見えたことなんてないのにラップに包んだ途端食品っぽくなるのはすごい発見だ。黒と茶の色合いがあんことか黒胡麻とかよく煎ったきなことかそういう和菓子っぽい感じに見え、大きさも自身の柔らかさでちょっとつぶれている球形もそれらしい。ちゃんと見れば全然おはぎじゃないしおはぎは直にラップで包んだりしないしそもそも自分でさっき包んだくせに……呆れながら、しかし、その日私は台所に立って手洗いに行って郵便を受け取って戻ってきて机の上を見るたびにあれーおはぎがある、やった、と思った。おはぎだ、おはぎだ、さすがに3回4回驚いて喜んだあたりで慣れた。けれど、翌朝起きて最初に見たときやっぱりあれれおはぎだーやった、と思った。しかも、やった、と思うたびに嬉しい気持ちになって、違うとわかってもその嬉しさがちょっと残るというか、脳に喜び物質が出て、それが実はおはぎじゃなかったという気づきによっても別に打ち消されることなく残り続けているというか。これがもし最中とか苺大福とかどら焼きとか亀屋川通り餅とかだったらやったーと思った後になんだないのかと気づいて落胆したと思う。そうか、私、おはぎは好きだけどそんなに大好きでもないのか、どおりで自分じゃあまり買わないな、でももらうととても嬉しい……
私は自分とおはぎとの距離感を初めて認識し、そして子供はラップに包んで以降ぺとぺとボールで遊ばなくなった。触りもしない。別にこれ剥がして遊んでいいんだよと言っても「うーんいまはいいや」なんで?「なんとなく」ボールはラップに包まれたまま食卓の隅に黒銅並んでじっとしている。食欲と遊び欲は両立しない。人間は不思議だ。
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プロフィール

小山田浩子(おやまだ・ひろこ) 1983年広島県生まれ。2010年「工場」で新潮新人賞を受賞してデビュー。2013年、同作を収録した単行本『工場』が三島由紀夫賞候補となる。同書で織田作之助賞受賞。2014年「穴」で第150回芥川龍之介賞受賞。他の著書に『庭』『小島』、エッセイ集『パイプの中のかえる』がある。