bookshop, gallery, and cafe

12:00-21:00 closed on Tuesday
and every 3rd Wednesday

twililight web magazine

2023.05.11更新

パイプの中のかえる2 かえるはかえる

小山田浩子

2020年7月から12月の半年間毎週連載したコラムに、書き下ろし2本をくわえた小山田浩子さんの初エッセイ集『パイプの中のかえる』(twililight)。
この連載では再びこれから半年間、毎週、小山田さんがエッセイを書いていきます。近くに遠くに潜むいろいろなものに、気づくことの面白さと不思議さ。
小山田さんの「今」をご体験ください。


第6回「休日のパーク 1」

 大きな公園へ行った。トイレに行こうと家族から離れて歩いた。芝生、ピクニックシート、ワンタッチ日よけテント、シャボン玉が吹き上げられひとつひとつ小さい虹になって空、公園というかパークと呼びたいような好天の休日、キッチンカーからソーセージを焼く香ばしい匂いがする。ミニチュアダックスフントを連れた少年がいた。小3くらいか、犬は腰を落とし前進に抵抗しているのに少年はずんずん歩き犬を引きずっていることに気づいてすらいないようだった。犬は困ったような顔、ちょっと下半身が震え、え、これ嫌がってるというよりなんかこう……私は慌てて少年にねえちょっとと声をかけた。少年はぎょっとこちらを見上げた。努めて明るく優しい声で、あのさ、犬、うんちじゃない? 少年はまたぎょっと犬を見下ろした。少年が立ち止まったのを幸い、犬は尻を芝生につけないギリギリのところに落として静止しいきみはじめていた。「あー」少年は手ぶらに見えた。あのさ、うんち拾う袋とか持っとる? 少年は首を横に振った。お家の人とかは? 少年はあっちだというような仕草をした。フリスビーを投げる人よちよち歩きの幼児に歓声をあげスマホを向ける人ソフトクリームを掲げている人、どれが彼の家族かわからない。ちょっと待ってねおばちゃんなんかリュックにビニールあるかも、「もってて」少年は私にリードを渡した。えっ。私が受け取ると少年は走り出した。排便を終えた犬も彼を追って走り出した。私は慌てて手に慣れぬ握り心地のリードを引いた。芝生の上にし終えた便がある。人ごみの芝生にこれを放置するわけにはいかない。犬はさほど抵抗せず今度は自分の便に顔を寄せようとした。私はまたぐっとリードを引きそこから伝わってくる犬の呼吸、鼓動、別に少年は私を信頼しリードを預けたのではなく言うてはなんだがなにも考えていないのだろう、こんな小さい犬簡単に抱えて連れ去れる、しないけど。子供の危機管理能力、人を信じる心疑う力、犬はなにか諦めたのか寝そべって上目に私を見た。私もしゃがみ手を出して犬の背中あたりを撫でた。別の種類の生き物がなにかの機縁で自分とこうやって関わって息をしていることのありがたさかわいさ柔らかさ暖かさ、犬だ、犬だ、実家で犬を飼っていた。またいつか飼えるだろうか、そのためには引っ越さねばならないしお金も必要だし……誰かが踏んだりしないよう便と犬を交互に見る。体格から想像されるよりこの便は大きい。犬の顔は白っぽい。思ったより老いた犬かもしれない。犬はヘンッと聞こえるため息をついた。
「すいませーん!」人を縫いながらさっきの少年と、ふわっとした白いブラウスを着た高校生くらいに見える女の子が走ってきた。女の子は手にティッシュを持っていた。ティッシュ? え、袋じゃなくて? 犬はくるりと立ち上がり尾を振った。私は少年にリードを返した。「すいませーん!」あ、そこに、いま出た……「あーもーほんとすいませーん!」女の子の声は明るいが目は合わない。女の子は2、3枚重ねたティッシュで便をくるりと持ち上げるとそれをきゅっとチューリップ形にした手で包みこみ「すいませんでしたー!」と元来た方に走って行った。少年もすいませんでしたと小さい声で言って女の子に続いた。犬は彼について行った。犬は明らかに喜んでいた。芝生の上にはもうなんの痕跡もなく私は歩いて自分のトイレに向かった。(続く)

プロフィール