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twililight web magazine

2023.07.28更新

わたしを覚えている街へ

竹中万季

街を歩けば忘れていた記憶がいくつも思い浮かんでくる。まるで街がわたしを覚えているかのように。
この連載では、twililightがある三軒茶屋に3歳から30歳くらいまで住んでいたme and youの竹中万季さんが、あらためて三茶と出会い、新しい関係を築いていく過程を綴っていきます。
わたしは自分が生まれ育った街のことをどれくらい知っているだろう。
地元を知ることは、自分を知ることかもしれません。
愛も憎しみもひっくるめてわたしを覚えている街へ。
毎月2回、会いにゆきます。


第2回「ピンク色の服が着れなかった頃」

歩行者天国が好きだ。歩行者の天国、この名前をつけた人に拍手を送りたい。一番好きな歩行者天国はやっぱり銀座の歩行者天国で、都会の中心を感じるきらきらした広い道路を自由に歩けるのは心が浮き立つし、踊りたくなる気分になる。でもわたしにとって一番身近な歩行者天国は、茶沢通りだ。下北沢と三軒茶屋を繋ぐこの通りも、日曜日になると歩行者天国になる。踊り出したくなるような高揚感はまったくないけれど、代わりに商店街らしいBGMがよく似合う、小さな歩行者天国。

今日も日曜日で、歩行者天国になった茶沢通りはたくさんの人で賑わっていた。入り口の左手には靴のチヨダ。看板にだいぶ貫禄が出てきているけれど、わたしが小さな頃からずっと変わらずにここにある。入り口の右手にはドラッグストア。ここは昔は別の店だったと思うけれど、なにがあったっけ?

何度歩いたかわからないこの道を歩きながら、これといった思い出がある場所が全然見当たらないことに驚く。たとえば、左手にある楽器屋さんではピアノの楽譜を買った記憶が蘇るし、右手にある手芸店では不器用だから苦手だった家庭科の宿題のことを思い出す。だけど、何度も通ったお店や、店主の顔を覚えているような距離感のお店があるかと言われると、まったく見当たらない。これは、東京育ちの宿命なのだろうか。それとも、わたしだけなのだろうか。

一つだけ、思い出がありそうな場所があった。西友だ。茶沢通り沿いにずらっと並んだ自転車を見て、母親と毎週のように自転車で来ていたことを思い出し、散策してみることにした。思い出の場所がショッピングモールの西友か……とちょっと落胆したけれど、事実なのだからしかたがない。

入り口のドアの感じや、エスカレーターの位置はなんにも変わらないけれど、小さな頃はセゾングループだった西友も途中からウォルマートグループに入り、雰囲気がだいぶ変わったなと思う。2階、3階、4階と登り、子供服のコーナーへ。わたしは子供がいないから、日常のなかで子供服を見ることはほとんどなく、新鮮な気持ちでじっくり眺める。「always be happy」と書かれたTシャツや、パステルカラーのワンピースを見ていると、昔の子供服売り場とあんまり変わらないような気もするけれど、わたしが小さい頃は女の子の服と男の子の服のエリアがはっきりわかれていて、女の子の服はもっとピンク色やフリルで溢れていた気がした。

小学生の頃、「女の子だからこういうのが好きでしょう?」と言われているような気がして、ピンクやフリルやレースやラブリーなキャラクターがついた服を着るのがどうしても嫌だったことを思い出す。女の子向けとされていたピンク色の文房具も好きではなかったし、おもちゃ売り場に並ぶラブリーな服を着ているリカちゃん人形にもまったく興味が湧かなかった。引っ越すときに、部屋のカーテンやカーペットがピンク色で決定していて、きっと女の子だし喜ぶだろう、という配慮が自分にとっては辛かった。

ピンク色に対する複雑な気持ちは、幼いながらも誰かに決められた「女の子らしさ」というもので自分自身を一つに括られたくなかったから湧いていたのだと思う。当時、実家にあった岩波少女名作全集を少しずつ読むのが好きで、『若草物語』のジョーみたいなボーイッシュな女の子がいることや、『おちゃめなパッティ』のパッティみたいな「おしとやか」とは真逆をいく女の子がいることを知っていたからこそ、女の子であることを誰かが決めたルールによって決めつけられる必要はない、と子供ながらに信じていたのかもしれない。

それと同時に、「子供らしさ」への抵抗の気持ちを抱えていたことも思い出す。子供に求められている無邪気さのようなものが自分にはないように感じていたから、「女の子らしくも子供らしくもいられない、それって普通じゃないんじゃないか?」と悩んでいた。できれば普通でありたい自分と、誰かに押し付けられる普通に対して違和感を感じる自分が、両方存在している感じ。いつだって「らしさ」がうざったくて、でも気にせずにはいられなかった。自分が何なのかがよくわからなくて、居心地がわるい感覚をずっと抱えていたあの頃は、いつだって「明日、朝起きたら大人になっていますように」と願っていた。それは大人はそうした「らしさ」で縛られる必要がなく、もっとさまざまなあり方を自ら選ぶことができると思っていたからだった。

「女の子だから」「子供だから」「◯◯だから」と誰かに決めつけられることなく、もっと自由に選んでいいということ。その希望をはじめにくれたのは、数々の雑誌たちだったと思う。西友の5階、エスカレーターを降りたすぐの場所に昔は本屋さんがあって、小学生の頃、いつもここに来るのがなによりのたのしみだった。少しだけ背伸びしてプチセブンやキューティ、ジッパー、オリーブなどのファッション誌を読んでいて、ピンクだけではなくいろんな色を身にまとっていいこと、男の子が着ている服だって着ていいこと、そういうことにだいぶ救われていたことを思い出す。本屋さんはいまはもうなくなって、写真館と100円ショップに変わってしまっていた。わたしのような居心地の悪さを抱えたいまの子供たちは、なにから希望をもらっているのかな。

西友を出ると、歩行者天国の時間は終わり、車が走り出していた。当時は心もとない気持ちを抱えてこの道を歩いていたことばかり思い出す。

あの頃、大人は「らしさ」で縛られる必要がなく、自分のあり方を自分で選ぶことができるんだとはっきりと信じていた。たしかに、自分自身は大人になったいま、昔よりも選択できているものが多いと思う。けれど、それはわたしが恵まれていたからこそ運良く獲得できてきたのだ、とも感じる。大人になったいまもジェンダー規範はさまざま場面で根強く残っているし、誰かが自分が自分であろうとすることを阻もうとする状況も悲しいほどに存在している。頭のなかで子供の頃のわたしに、「大人もなかなか難しいよ」と話しかける。

大人になったわたしは、レースのトップスにジーンズを履いて、この道を歩いている。小さい頃はあまり好きではなかったレースはいつからか好きなものの一つになったし、ピンク色にもいろんな種類があって、そのなかには好きなピンクがあることも知った。たとえば堀越英美さんの『女の子は本当にピンクが好きなのか』を読んで、自分にとって絶対的なイメージが存在していたピンクは世代や国によっても受け入れられ方が違うということも知った。さまざまなことを知って大人になっていく過程で、ファッションに限らず、世の中の「普通」や「らしさ」にもっと身を委ねてみようと思って実践していた時期もあったし、逆にもっと抵抗したいと思っていた時期もある。歩んできた道は、この歩行者天国のようなまっすぐの道ではなく、もっとぐねぐねと曲がった入り組んだ道だった。

揺らぎながら、あっちへいったりこっちへいったりしながら、いまはたまたまこういうわたしになっていて、これからどんな自分でいるのかはまだまだわからない。ぐねぐねと曲がった道を、迷いながら、また歩いていく。

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