bookshop, gallery, and cafe

12:00-21:00 closed on Tuesday
and every 1st and 3rd Wednesday

twililight web magazine

2023.10.20更新

わたしを覚えている街へ

竹中万季

街を歩けば忘れていた記憶がいくつも思い浮かんでくる。まるで街がわたしを覚えているかのように。
この連載では、twililightがある三軒茶屋に3歳から30歳くらいまで住んでいたme and youの竹中万季さんが、あらためて三茶と出会い、新しい関係を築いていく過程を綴っていきます。
わたしは自分が生まれ育った街のことをどれくらい知っているだろう。
地元を知ることは、自分を知ることかもしれません。
愛も憎しみもひっくるめてわたしを覚えている街へ。
毎月2回、会いにゆきます。


第8回「わたしを覚えている街へ」

しばらくぶりでしたね。長く暮らしてきたのにずっとどこか距離を感じてきたこの街にまた足を運ぶようになって、新たな関係が始まったような気がしています。あなたも変わり、変わらないところがあるように、わたしも変わり、変わらないところがある。他人の顔をしているようで寂しかったこともあったけれど、やっぱり他人にはなれないなと感じています。しばらく連絡していなかった友人とまた新しい関係性を結べたような気持ちがしてうれしく、手紙を書くことにしました。

子供の頃は、行こうと思えばどこにでも行ける都会に住んでいるはずなのに、どこにも行けないような窮屈な気持ちで暮らしていました。街というものが途方もなく大きいものに見え、自分とは切り離されているものだと感じていて、ここではないところに行きたい気持ちを抱えながら、どこに行ったらいいのかわからずに戸惑っていました。大人になってどこで暮らすかを選択できるようになった今、わたしはどこか遠くへ行くわけではなく、生まれ育った家から数キロだけ離れた世田谷区の別の街で暮らしています。不思議と安心できるこの街に愛着を持っていて、前に比べると今はもう少し、街の一部に自分が存在していることが感じられています。けれどわたしも変わるし街も変わるから、まったく別の場所で暮らす日もくるかもしれません。

この数ヶ月、さまざまな街を訪れる機会がありました。仙台、八戸、大阪、神戸、博多、久留米、ソウル。三軒茶屋を歩きながら観察したり歴史を調べたりしていたことがきっかけで、街に行く度に前よりもその街をじっくりと観察するようになりました。ビルや乗り物、商店街や住宅街、古い建物、歩く人たちの姿、聴こえる音、街の匂い。ずっと前からその場所で暮らし続けている人もいれば、最近暮らし始めた人も、離れてから戻ってきた人もいる。街を愛している人もいれば、愛せない人もいる。街はその場所で暮らす一人ひとりによってつくられているということを実感すると、隣にいる知らない人のこともぐっと近くに感じられます。電車の隣の席に座っている人も、何かの理由があって住むことを選んだ街に帰っていくし、生まれ育った街のことを思い出すこともきっとある、そんなことを考えていると遠い存在ではないように感じてしかたがなく、「いま、ここで暮らしているのはなぜですか?」と一人ひとりに聞いてみたくなりました。

異なる歴史を生きてきた人たちがその場所に集い、交ざり合い、わたしたちが暮らしている街ができてきたはずだけれど、そこにどんな人たちが暮らし、どんな歴史が紡がれてきたのかに思いを馳せる機会はこれまで多くなかったように思います。大文字の歴史には載っていない、ここで生きてきた人たち一人ひとりの歴史がたしかに存在しているということ。ずっと前から変わらずあると思っていた景色も、遠くの時代を生きていた誰かがつくり出したものだということ。つらい歴史や、ないことにされてしまった歴史もあること。知らないことばかりだったけれど、いつからでも決して遅くなく、聞きに行くことも、知っていくことも、残していくこともできるはず。言葉で、写真で、映像で、いろいろなかたちで。

自分がこの街で生きてきた個人的な歴史を書き綴ってきたことは決してちっぽけなことではなく、遠くの未来を生きる誰かにとっては大事な何かになるかもしれないし、大きなものに対する抵抗の力を持っているかもしれない。いつかは途方もなく大きいものに見えていた街の存在が自分の近くに手繰り寄せられたようで、いつのまにか自分もこの世界を構成する一人であるという実感を持って街を歩いていました。

街について考えることは、自分のこれまでや、誰かのこれから、世界のことを考えることでもあるということを教えてくれてありがとう。この街で生きてきたいろんなわたしがいたことを、きっと忘れずに覚えていてください。

プロフィール