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2026.07.25更新

偶然の祖母

野村由芽 すみ湖

偶然、祖母と孫という関係に生まれついた二人が“家族”と“心友”のあいだを行き来しながら生活や編み物や社会について一緒に言葉を編むこと。時をこえてあなたがここにいたということを思い出せるために。
1986年生まれの編集者 / me and youの野村由芽と、1935年生まれの祖母・すみ湖。51歳差の往復書簡。


十通目:瀬戸の風に包まれて(すみ湖)

心友 由芽さんへ (2026年7月13日)

 

由芽さん、お手紙ありがとう。7月11日、私は91歳の誕生日を迎えました。皆様からお祝いのメッセージをいただき、「長生きしちゃったあー」と、嬉しいやら、こんなお婆さんになってしまって、と恥ずかしいやら、複雑な気持ちです。でも、優しく暖かい人たちに恵まれて、大きな病気もせずに、ここまで生きてきました。ありがとうございました。

5月の広島旅行、たのしかったね。あの日、由紀夫さんの運転している車は、滋賀県大津市の我家から高速道路のトンネルをいくつも通り抜けて、新幹線福山駅前に到着しました。車の中から外を見ると、福山城を背景に薔薇のアーチが見えました。

しばらくして、由芽さんを迎えに行った由紀夫さんと由芽さんがこちらに向かってくる姿が見えました。由芽さんのたっぷりとレースのついた白いブラウスの袖がふくらんで、5月の風が吹き抜けていました。由紀夫さんのTシャツ姿も若々しい。

由紀夫さんの安全運転と助手席の娘の友子さん、隣席の由芽さんに見守られて身体をシートに預け、乗り降りにもお世話になりながら、思い出の地をまわることができました。

由芽さんの手紙には3歳だった由芽さんの蒲刈旅行が書かれています。あの時はひ孫の由芽さんを曽祖父母に見せてあげたいと思っての訪問でした。まだ本土と島を結ぶ橋もなく、呉線の仁方(にかた)からフェリーに乗って行きました。そのフェリー、それまでに何度も乗っている筈なのに、うっかりもので方向音痴のわたしはその日の潮流の加減で波止場を止まる順番が変わることを知らなかったのです。ひとつ覚えの3番目の波止場で降りたのが失敗でした。困り果てている私たちを通りかかった軽トラの人が私たちの目的地、隣村の宮盛へ行くからと、荷台に乗せてくれました。

あれから36年、島々を結ぶ橋もでき、石ころだらけの村道も整備されました。でも、くねくね道です。運転上手の由紀夫さんならではのドライブでした。段々畑の蜜柑の木も少なくなり、当時の人たちも彼岸へ旅立っています。それでも魚釣り名人だった由芽さんの曾祖父タカシさんが魚篭に釣り上げた魚を一杯いれて、ご近所に配り歩いていた姿や、少年時代の由芽さんの祖父がポッケットに「いりこ」を一杯詰め込んで、おやつ代わりに食べながら、遊び歩いていたらしい姿が浮かんできました。「いりこ」とはこのあたりの言葉で、ちりめんじゃこ、のことです。曾祖母のシノエさんは、自分たちは、つつましい暮らしをしているのに孫たちには精一杯のお小遣いを用意してくれました。あれこれと2人の顔の浮かんでくる旅の始まりでした。

安芸の宮島では厳島神社への行き帰りに由芽さんと人力車に乗りました。由芽さんがとなりに座ってくれて、どれほど心強かったことか。センダンの薄紫の花が満開でした。この木の葉も花もたくさんいる鹿が食べられないのであちこちに植えてあるのだと、人力車の青年が教えてくれました。このセンダンは「栴檀は双葉より芳し」の栴檀とは種類が違うとのことでした。

奈良公園のように鹿せんべいを売っていないので係りの人が定期的に食べ物を与えているのでしょうが、由芽さんの手提げ袋中に首を突っ込んで、帰りの乗船券を引っ張り出すなんて。油断なりませんね。でも、可愛かったなあ。

帰りの船を待っている時、由芽さんの姿がありません。あれっ、と首を傾げていると、ひらりと由芽さん登場。木目の美しい手作業の「おしゃもじ」をプレゼントしてくれました。いつの間にかネットで調べて、買いに行ってくれたのです。ありがとう。

由紀夫さんの快適な運転の助手席では友子さんがカーナビを見ながら助手を努めていました。息の合った2人です。母心が和みました。

宮島口の宿で初めてワインや清酒にほっと一息入れている由紀夫さんに心から感謝しました。私も、アナゴ、ハマグリ、サザエ、エビ、イカなどの海の幸たっぷりの夕食を完食しました。食いしん坊は長生きします。笑ってね。 

翌日の鞆の浦ではレトロな一角を散策しました。鞆の浦は「潮待ちの港」として栄えたところです。潮待ちとは東西の潮がぶつかり合う地形で多くの船がここで出航のタイミングを待ったのだそうです。ふと、昔、覚えた額田王の歌が浮かんできました。

 熟田津に船乗りせむと月待てば

     潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな

この歌は伊予国、現愛媛県で詠まれています。瀬戸内海は海面穏やかなのに、海底では潮の流れがあちこちとぶつかり合って航海が大変だったとか。特に、昔は木造船の手漕ぎ船でしたものね。

夜は築二百年と言う木造の宿に泊まりました。吹き抜けの大丸太が組合わさっている天井を見上げて、一同、ほおーっ。その場で、ひととき、コーヒーなどを飲みながら、木の香に包まれていました。

ここでも海の幸満載のお料理を完食しました。この分では長生きしすぎて迷惑をかけるかも……と笑ってみせました。

翌日は岩国へ。途中、広島のお好み焼き屋さんに寄りました。ふだん朝食を食べない私が朝から豪華な朝食を頂いたので、お腹一杯でした。でも、せっかくなので大きな一枚の半分だけ取り分け、後の半分を由芽さんと友子さんに押し付けました。ごめんね。そば入りの広島風お好み焼きの焼き方が、大阪風と違っていて面白かったです。はじめに、鉄板に卵をポンと割って入れ、黄身をちょんと、突いて中華そばを、どんと置いてから、豚肉やキャベツ、溶いた粉などを入れるのですもの。家で試してみたくなりました。

岩国では五連のアーチ橋の木組みを見上げて、昔の匠の技に見とれました。私に渡ることができるのかな、と、ためらっていると由紀夫さん、友子さん、由芽さんが手を取り、背中を押してくれ、三連目の頂上までたどり着くことができました。そこで大満足して由紀夫さんにしがみついて、ゆっくりと太鼓橋を降りました。ありがとうございました。岩国まで来た甲斐がありました。

錦帯橋を後にして「しまなみ街道」を廻って四国の今治へと向かいました。

今治タオルの大きな店舗でゆったりとお買い物、私は亡き息子の思い出に自転車の模様の入ったタオルを買いました。自転車好きだった彼が元気だったら、「しまなみ街道」をツーリングしているだろうな、と思いながら。目の前を彼が通り抜けて行きそうでした。

そこから再び「広島へ行く」という由芽さんを福山まで送り、由芽さんと別れました。由芽さんは広島市内で改めて「原爆」と向き合ったのでしょう。由芽さんの祖父も当時、広島の中等学校生でした。夏休みで蒲刈島に帰省していて難を逃れましたが、由芽さんの曾祖父タカシさんは翌日、広島市内にいる親類縁者や知人を探しまわり、被爆地を歩き回りました。見聞きしたことがあまりにも惨く、タカシさんの口は堅く、何も語ってはくれませんでした。

被爆された人の無念さを思うとき、悲惨な事実から絶対に目を背けることは許されないことです。

由芽さんと別れて車はいくつものトンネルを抜け、青葉若葉の並木道に入り、又トンネルをいくつも抜けて、大津の我家に帰り着きました。由紀夫さん、長距離運転ありがとうございました。幸せでした。

今回の旅に連れ出してくれた皆さま、ありがとうございました。私は果報者です。

由芽さんとあんでぃさんの我家の間取り図を見て、胸が熱くなりました。あんでぃさんは大らかでいて繊細な感覚の持ち主です。いつまでも仲良くして下さいね。由芽さんは迷わずに由芽さんらしさを磨きましょう。

何の力にもなれないけれど、由芽さんを見守り続けている、すみ湖がいることを心の底に入れておいて、ふっと、迷ったり、苦しかったり、哀しいとき、思い出してくれれば嬉しいです。由芽さんの前途が光溢れることを念じています。

庭では額紫陽花のすみだの花火が次々と花火を散らしています。梅雨冷えから猛暑に突入です。身体に気をつけてお過ごしくださいね。   

すみ湖

 

# knitting notes

クンストリッケンレースのテーブルセンター

棒針編みのレースです。編み上がるまで、棒針にかかった編み地が見えないので苦労しました。でも、仕上がったときの完成感は特別でした。

【プロフィール】

すみ湖

1935年生まれ。幼少期に日本舞踊を習い、学生時代は新聞部に所属。主婦をしながら、日々の合間に日記や随筆、俳句などの文章を綴る。手仕事と読書が好き。人生で大切にしているのは、つくること。湖にほど近い街に暮らす。

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野村由芽

編集と執筆、聞き手。2017年、メディア・コミュニティ「She is」を竹中万季と立ち上げ編集長を務めた後、2021年にme and youとして共に独立。2025年春、文と編集を担当した『わたしを編む つくる力を、手のうちに YUKI FUJISAWA制作日記』が刊行。生きることを手でつくること、自分や世界を探求するためのよすがとしての、個人的な編み物プロジェクト「grandma’s gang」をこつこつ進めている。

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